【カフェオーナーの七転八起 人生録】2006年9月9日開業。そして、その日がうつ病との完全決別の日となりました。

こんにちは。小野仁土です。

いよいよ、この開業物語も最終話です。

多くの方の温情を受けて、ついに開業準備取り掛かった私。

いっきに開業へと突き進みました。

今思えば、その勢い、会社員最盛期にも劣らないパワフルさがありました。

開業こそがうつとの決別であり、私はひたすらそれに向かって突進していました。

カフェ開業に辿り着いた経緯

起業することありきで、会社を退職することを選択した私でしたが、どういう事業で起業するのか、まったくプランのない状態からのスタートでした。

話が少し前後するのですが、この起業決断から情報を収集していた時期というのは、実は辞表提出する前のことです。

起業をすると決めたものの、何をしようか…。

「何でもできる」とは言ったものの、私にできることは限られており、選択肢は少ししかありませんでした。

私は起業に活かせそうな経験を列挙して考えてみました。

  • パーツを組み合わせてパソコンを組める
  • ホームページを制作できる(htmlに限る)
  • 10年のビジネス経験(営業職)
  • 20年のバンド経験
  • 喫茶店でのキッチンワーク経験(食事・デザート・ドリンク)
  • フレンチレストランでのホールワーク経験

乏しい人生経験ですが、それでも人生を拓く糸口はありました。

今でこそ何もかもがネットの時代ですが、当時はまだまだビジネスにネットが活用されていませんでした。

私は飲食業にネットのスキルを組み合わせたビジネスを起こすことにしました。

その着想で考え抜いた末に行きついたのがカフェでした。

学生時代のアルバイトとは言え、繁華街のど真ん中で繁盛する喫茶店のキッチンワークをどっぷり4年間担当させてもらって得た経験には、少しばかり自身がありました。

肉料理、副菜、ソースづくりまで一通り任せてもらえる環境でやっていました。

食材の仕入れ業務やチーム運営はさすがに学生アルバイトでは経験できませんでしたが、そこは会社員時代にお釣りがでるほど経験を積んでいます。

プロジェクトを立ち上げて、たくさんの人を引き込み、実績を出していく経験も、音楽活動や社内プロジェクトで、経験しています。

臆するとすれば、うつ病になった自分が、はたして以前のように結果をだせるのか…という自分自身への懐疑心です。

その懐疑心を乗り越えさせてくれたのが音楽でした。

このブログ記事の最初のほうに、鬱病前はプライベートで音楽活動を非常に熱心にしていたことを書きました。

うつ病になってその音楽への情熱はがっくりと落ち込んでいたのですが、会社を辞職するころには、うつの回復にともなって音楽への情熱も回復していて、バンド活動を再開させられるようになっていました。

むしろ、うつになってマインドリセットしたところに持った音楽への情熱は、それ以前より強くポジティブでした。

会社員時代に培ったビジネスとコンピュータのスキル、学生時代の飲食店経験、ライフワークともいえる音楽への情熱。三つを掛け合わせての起業プラン。

カフェの開業のために具体的なアクションを起こしたのは、2006年の春ころです。

私はやっとうつと決別できると自信がもてるようになりました。

お世話になった心療内科の先生にも報告しに行きました。

最後の診療は開業医という起業家の先輩という立場からのアドバイス、この時の学びは今でも私の中で活きています。

こうしたことの一つ一つが私にとっては、うつ克服の総仕上げのようでした。

開業準備はほぼ全て一人でやったのですが、何もかもが希望への歩みのような心境。

あの自由で希望に満ちた感覚は、人生で二度と味わえないだろうと思います。

全くの不安がなかったと言えば嘘になりますが、その時の私には何も失うものがありませんでしたので、もう前しか見えていませんでした。

2006年9月9日。

数か月の準備期間を経て、ついにお店をオープンさせました。

そして、その日がうつ病との完全決別の日となりました。

最終話 解説

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

うつで人生を見失ったサラリーマンが開業までたどり着いた軌跡をお伝えした今回のシリーズ。

ここでそろそろ終わりにさせていただこうと思います。

ここまでお読みいただいた方には十分伝わっていることかと思いますが、カフェジンタの事業は私の人生そのものです。

2006年に創業して15年。

三条烏丸という京都では有数のビジネス激戦区、長く続けることが難しいと言われるこの業界で、これだけ長く続いていることを、お褒めいただくことがよくあります。

確かに倒れてもおかしくないくらい、厳しい状況というのは何度もありました。

そこまでいかなくても、いつ何時も精神的にはキツくて、肉体的にはハードな仕事です。

多分、それでも続けられるのは、カフェジンタが私の人生そのものだからです。

いつ何時もキツくてハードなのに、あの「暗い闇」に襲われる不安は全くありません。

結局のところ、鬱だったころの私は、私自身が自分の人生を受け入れてなかったことに、端を発するような気がします。

それを悪化させたのは、また別の様々な要因がありますが、その中でも大きく悪影響を及ぼしたのは食生活の乱れだったと思います

食生活についての考察はまた別の記事にしたためていますが、糖質の過剰摂取と大量の飲酒による肝臓への過負荷が私の鬱を誘発したと推定しています。

私がカフェジンタで糖質制限への対応をメニュー化し、強めの警鐘とともにお客様へご提案するのも、実はここに根源があるからです。

第1話で、うつ病の暗闇の中で、首も回らず雁字搦めのような心境にあった私に、最初に手を差し伸べた、母親の慈愛弁当の話をしました。

あの体験こそがカフェジンタの出発点であり、今や究極の目標となりました。

食事を提供する事業者として、美味しく召し上がっていただくことと同様に、大切なミッションがそこにあります。

そのミッションを達成するためには、飲食店としてのカフェジンタのサービスだけではどうしても限界があります。

飲食店のオペレーションに、最新のIT(情報技術)を積極的に導入しているのは、このミッションを達成するために必要な、ビジネスプロセスであると考えているからです。。

まだまだ目標は遥か高みにありますが、地道に積み重ねて邁進していきたいと思います。

そのような訳で、一風変わったサービス付きの少々おせっかいなカフェ屋ではありますが、これからもカフェジンタをご愛顧いただきますよう、どうぞよろしくお願いいたします。

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