【七転八起の人生録!カフェジンタ開業物語】神にすがる!?暗闇にいる私に手を差し伸べたのは、あの有名な「漫画の神様」だった。

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【七転八起の人生録!カフェジンタ開業物語】神にすがる!?暗闇にいる私に手を差し伸べたのは、あの有名な「漫画の神様」だった。

こんにちは。小野仁土です。

引き続き、私のカフェ開業までの道のりを綴ってまいります。

今回のブログ記事では、うつ病の暗闇に沈む私が、少しずつ生きる希望を取り戻していく心境を、できるだけ克明に綴りました。

うつ病に弱り果てた私は神にすがろうと考え、そこに光を見つけます。

私に射した光の主は、あの誰もが知る「漫画の神様」でした。

機能停止の休業生活。修復と充電、そして回復へ。

1人で閉じこもっていた私は「得体のしれない暗い闇」に負けてしまった自分を責めてばかりいました。

鬱病というのは、実は原因がはっきりしないものであり、それに打ち勝とうとしても独り相撲をとっているだけで、何にも解決しないということを、先生から説明を受けました。

これが私にとっては腑に落ちる説明で、なんとも言えない安堵感を得たことを覚えています。

この診断を受けて、会社とのやり取りをどのようにしたのかが思い出せないのですが、私は正式に会社を休業する生活に入りました。

たぶん2004年の秋ころでした。

心療内科の先生から鬱病の診断を受け、治療を開始して何か変わったのかというと、すぐには変わりません。

やっぱり、外部との接触は断ち切って、部屋の中に籠りっきりでした。

ですが、「今はとにかく休んで、充電すること。」と言われたことは大きかったと思います。

単に引きこもって悶々とする日々から、少しずつ肩の荷をおろしていけたというか、鎖で雁字搦めになって首も回らないような状態だったのが、時間をかけて少しずつ解れていきました。

どれくらい、そういう日々を送ったのか、まったく思い出せませんが、昼も夜もないような暗闇の生活だったのが、時間を感じることができるようになり、朝起きて夜寝るサイクルが取り戻せるようになりました。

日中に起きていられるようになって、初めて「活動」をする気になったように思います。

かと言って外に出る気分にまでは回復していませんし、テレビをつけても画面の向こうのテンションについていけず、見てられませんでした。

変な話なのですが、こうなったら神様にすがってみようかって思いました。

ですが、私の家は特に信仰心が強くありませんし、私自身今までの人生で考えたこともないので、どの神様にすがっていいのやら…。

とりあえず、世界の三大宗教ということで、仏教・キリスト教・イスラム教について情報を集めてみようと思い、やっと重い腰が動き本屋だったか図書館だったかに行きました。

あの心が折れた日以来、心療内科に行く以外の用事で外出したのは、その時が初めてでした。

「決定版 よくわかる世界三大宗教―キリスト教・イスラム教・仏教」という本を手に、家に帰りました。

面白いでしょ。笑

めっちゃくちゃ弱ったメンタルで宗教に近づいて、カルト教団に誘い込まれでもしたら大変ですから、神さまにすがるにしても、自分の心の中だけにしようと思っていました。

オウム真理教による一連の事件などを、ニュースでまざまざと見ていたので、神様にすがってみようかという気持ちはあっても、超恐る恐るで宗教のことを調べていました。

で、本題にもどりまして、買った書籍から何か心に響くものがあったのかというと、それ以前に活字を読むことが無理でした。笑

活字を読むにも気力がいるんですね。

その時の私は活字を読む気力すら、まだ取り戻せていなかったようです。

仕方ないので、ボーっと見ていられそうな映像とかがいいのかと思い、近所のTSUTAYAに行きました。

「イエス・キリスト」の生涯を描いた映画があったので、それを借りてみました。

残念ながら、私にはどうもキリスト教というのは、しっくりいかないようで、引き込まれませんでした。

元気だったころの音楽活動では、ゴスペルクワイヤー(聖歌隊)のバックバンドを務めたりしていたんですが、残念ながら身についていなかったようです。

では、イスラム教について…と一応は考えてみたのですが、メッカの方に向かって礼拝をささげる自分が想像できませんでしたので、それ以上の行動はとれませんでした。

となると、最後に残ったのは仏の道、仏教となります。

じゃぁ、頭丸めて出家するか…とは、いきなりはなりません。

少し話が横道にずれるのですが、私こう見えまして小さなころから日本の歴史が大好きでした。

日本史を学べば少なからず仏教というものが何かくらいは知識としてはあります。

でも、その教えとなると…。ほとんどわかっていません。

そんじゃぁ、お経を勉強してみるか…と言っても、これまた活字の嵐ですし、お経は漢字ばっかりで読むことすら困難です。

それでも、基本中の基本ともいえる般若心経くらいは…と思って解説本を買ってみたのですが、やっぱり無理でした。

ただ、このあたりでふと気づくのですが、少し前向きになっているんですよね。

結果は無理でしたが、チャレンジしようとしている自分に、その時気付いたんです。

んー、なんか動けるようになってるのかも、そんな気持ちがほんの少しだけですが、湧いてきたんですね。

「なんとか、このどん底を抜け出せるかもしれない…。」

2004年の暮れから2005年の年明けころのことだったと思います。

ブッダとの出逢い

ほんの少し動く勇気が湧いてきた私ですが、まだ活字を読む気力がありません。

そんなある時にネットで手塚治虫の漫画で「ブッダ」という作品があることを知りました。

活字がだめでも漫画なら読めるかもしれない。

そう思ったので、それを知った当日だったか、翌日だったか、覚えていませんが、とにかくすぐに行動していたように思います。

古い作品だったので、古本屋に探しにいったところ、文庫本化シリーズの書籍が歯抜け状態で売っていました。

とりあえず1巻はあったので、あとの続きは、もし読むことができれば、買いに来ようということで、1巻だけを105円で買って帰りました。

家に帰って、漫画を読み始めた私はあっという間に題1巻を読み終えてしまい、続きを読まずにいられない心境で、すぐに家を飛び出していました。

あっちの古本屋、こっちの古本屋と、思いつくお店を3店舗くらい車で梯子しながら、買い揃えました。

私にとってこの手塚治虫の「ブッダ」はとてつもなく大きな衝撃でした。

ブッダ。つまりお釈迦様。

それまでの私にとってお釈迦様といえば、釈迦如来像です。

金色に輝く、この上なく尊い、まさに信仰の対象としての存在です。

ですが、私は仏教に特別信仰心があるわけではありませんから、仏教というのは遠い存在でしたし、お経は私とは無関係のもの、仏像やお寺は観光の対象でした。

それが「ブッダ」を読んで、それまで抱いてきたような自分とは縁のない世界にいる「お釈迦様」という存在ではなくなってしまったのです。

手塚治虫の描くブッダは、意外にも「普通の人」でした。

生きるなかで出会う様々な苦悩や葛藤。

決して特別な人としてではなく、ごく普通の人として悩み苦しみ、そして乗り越えていく生涯を描いたストーリーが私の心を大きく打ちました。

後書きに加えて各界の著名人から寄せられた感想など、隅から隅まで読みました。

1度読んで、また読んで、もう一度読んで、更にまた読んで。

何度読んだかわからないくらい繰り返し読みました。

特殊な力を有する訳でもなく、むしろ心に弱さすらあるような、人間「ブッダ」が自分に乗り移るんじゃないかっていうくらい、読みました。

なんだか、生きていく力がやっと湧き出してきたように、感じました。

宇宙の真理を追究する引き籠り生活

ちょっと、タイトルが大げさすですが…。

「ブッダ」の世界に完全に入り込んだ私ですが、ちゃんと冷静でした。笑

この「ブッダ」を描いた手塚ワールドにハマったという自覚がありましたから。

次に私がとった行動は手塚治虫作品を読み漁ることでした。

「鉄腕アトム」「ブラックジャック」と名作多数ですが、ブッダの世界に完全にはまり込んだ私が次に読むべきは一つしかありませんでした。

「火の鳥」です。

また、古本屋を数店舗梯子回りして、文庫本で全シリーズを買い集めました。

この作品も私に大きな衝撃となりました。

時空を超えてこの世の中の事象のみならず全宇宙の真理にまで触れる壮大な世界観。

自分が鬱から抜け出せないでいる苦悩の小ささを愚かに感じ、最初は打ちのめされました。

正直、鬱だった私には、これを読んで生きる力を得られるとかいう、そういう刺激はありません。

ただただ、自分が愚かに感じました。

でも、手塚治虫のすごいところは、それでも、そんな私にとっても、面白いんです。

読むのはつらいのですが、これも何度も読みました。

不思議なことに、読むうちにつらさが抜け、素直に「火の鳥」の中から色んな価値観を吸収していくような感じがありました。

この作品の中で「火の鳥」は火の中に自分の身体を投げ入れ蘇生します。そうして永遠の命を得て、この世界のすべてを、司っています。

あらゆる宗教を越えた「神」としての存在です。

そして、それは鳥の姿をしていますが、実はおそらく宇宙そのものとして描かれています。

この世界にどっぷり浸り何度も何度も読み返すうち、私の雁字搦めでどうにも身動きのとれなくなっていた精神が解きほぐされていきました。

2005年のもうすぐ春になろうかという頃だったと思います。

第2話 解説

今回も、最後までお読みいただきありがとうございます。

え?この人ひょっとして宗教の人!?って思われてはいないかと、ちょっと心配してますが、ご安心ください。

確かに、出会ったのが何かの新興宗教だったりしたらと、ヒヤヒヤしちゃいそうですが、そちらには行けませんでした。

とは言え、手塚治虫の世界観・哲学との出逢いはそれに匹敵するものがあるのかもしれません。

おかげで、どうに生きる力を少しずつ取り戻した私でした。

次回は、どうにか行動を起こせるようになり、少しずつ生活を取り戻していく、いわば人生のやり直し準備期のエピソードです。

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